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author Yasutaka Higa <e115763@ie.u-ryukyu.ac.jp>
date Sun, 15 Feb 2015 14:07:07 +0900
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\chapter{プログラムの変更を表現する Delta Monad}
\label{chapter:delta}

本研究では Monad によりプログラムの変更を定義する。
第\ref{chapter:delta}章ではプログラムの変更を表す Delta Monad を定義し、その使用例とメタ計算の例を示す。
なお、Monad についての定義と解説は第\ref{chapter:category}章と第\ref{chapter:functional_programming}章にて行なう。

% {{{ Delta Monad の定義

\section{Delta Monad の定義}

まずはプログラムを定義する。
プログラムは型付けされた値と、値を値へと写像する関数のみで構成されるものとする。
プログラムの実行は関数の値への適用とする。
入出力といった、値や関数で表現できない計算はメタ計算とする。
メタ計算をある性質を持つデータ構造に対応させ、メタ計算が必要な関数は値をデータ構造へと写像することで入出力といった処理を実現する。
メタ計算とデータ構造の対応に用いる性質が Monad である。

例えば、失敗する可能性があるメタ計算 T は式\ref{exp:partiality}のように定義できる。

\begin{equation}
    T A = A_{ \bot } (i.e. A + \left\{ \bot \right\})
    \label{exp:partiality}
\end{equation}

型 A の値に対応するメタ計算 T は、A と $ \bot $ の論理和として表現できる。
成功した際は A を返し、失敗した場合は $ \bot $ を返す。

ここで、失敗しない前提で作成されたプログラムに対して、失敗する可能性を表現するメタ計算を対応させるとする。
プログラムは型付けされた値と、関数の組み合せで構成される。
例えば、型 A の値x と、型 A の値を取り型 B の値を返す関数f, 型B の値を取り型Cの値を返す関数g によって構成されるとする(式\ref{exp:non_failure_program})。

\begin{equation}
    g ( f ( x ))
    \label{exp:non_failure_program}
\end{equation}

ここで関数f は失敗する可能性があるとする。
その時、f が失敗した場合の計算を考える必要がある。
計算の実現方法はいくつか存在する。
計算g に失敗の判断を追加したり、例外機構により失敗を補足することで呼び出し元の関数で行なうことで実現できる。

実現方法の1つとして、 Monad を用いたメタ計算がある。
Monad により失敗した際の計算をメタ計算としてデータ構造に紐付ける。
式\ref{exp:partiality} で定義したように、計算の成功は型 A 値を返し、失敗は $ \bot $ を返す。
計算に失敗した際に対応するメタ計算を定義し、関数をそのメタ計算で拡張することで失敗に対する処理が実現できる。
例えば、 A に対してはそのまま関数の適用を行ない、 $ \bot $ に対しては $ \bot $ を返すようなメタ計算を定義することで、計算が失敗した時に計算を終了することが実現できる。

型A を持つx の値をメタ計算と対応して型 T A とした値を x' 、メタ計算による関数の拡張を * と記述すると、式\ref{exp:non_failure_program} の式は式\ref{exp:failure_program} のように書ける。

\begin{equation}
    g^{*} ( f^{*} ( x' ))
    \label{exp:failure_program}
\end{equation}

ここで重要な点は、元の関数 $ f $ と $g$ から $f^{*}$ と $g^{*}$ が導けることである。
メタ計算が無い関数 $ f $ とメタ計算を持つ関数 $ f^{*} $ が1対1に対応することは Monad により保証されている。
このように、値と関数で表されたプログラムにおいてメタ計算を用いることで、計算を拡張することができる。

プログラムの変更をメタ計算として記述することを考える。

ここで、プログラムの変更とは関数や値が変更されることであり、変更される量には単位がある。
最初の変更単位をバージョン1とし、変更された後のプログラムはバージョンが1増加する。
任意の型Aに対するメタ計算Tを考えた時、プログラムの変更は式\ref{exp:meta_computation_definition}のように定義する。

\begin{equation}
    T A = V A
    \label{exp:meta_computation_definition}
\end{equation}

V はプログラムの全てバージョンの集合であり、V AとすることでAに対応する値の集合を返すものとする。

ここで、プログラムが変更される際に過去のバージョンのプログラムも保存するメタ計算を提案する。
全ての変更単位で変更されたプログラムを保存し、それらを比較することでプログラムの変更を表現しようと考えた。
このメタ計算を表す Monad を Delta Monad と呼ぶ。
なお、この Delta Monadが Monad であることの証明は \ref{chapter:proof_delta} 章で行なう

% }}}

% {{{ Haskell における Delta Monad の実装例

\section{Haskell における Delta Monad の実装例}

式\ref{exp:meta_computation_definition}のメタ計算をMonadで実現する。

実装例としてプログラミング言語 Haskell を用いる。

まずは全てのプログラムのバージョンを表わすデータ型 Delta を考える。
Delta の定義はリスト\ref{src:delta_constructor} とする。

\begin{table}[html]
    \lstinputlisting[label=src:delta_constructor, caption=Haskellにおけるデータ型Deltaの定義]{src/delta_constructor.hs}
\end{table}

データ型 Delta はコンストラクタ Delta もしくは Mono によって構成される。
バージョンが1である値は Mono によって構成される。
プログラムを変更する際には、コンストラクタ Delta を用いて記述し、変更後の値と前のバージョンを持つ。
なお、a とは任意の型であり、Delta が任意の型の値に対してもデータ型を構築できることを示す。

Haskell においてメタ計算とデータ型の対応は Monad によって行なうため、 Monad という型クラスが用意されている。
型クラスとは特定の性質を持つ型をまとめるための制約である。
ある型が型クラスに属するためには制約として型クラスによって指定された関数を定義する。
なお、型aが型クラスCに属することを「型aは型クラスCのインスタンスである」と言う。
型クラス Monad はリスト\ref{src:monad_class}のように定義されている。

\begin{table}[html]
    \lstinputlisting[label=src:monad_class, caption=Haskell における Monad 型クラス]
        {src/monad_class.hs}
\end{table}


型クラス Monad に属するために要請される関数は return と \verb/>>=/ である。
\verb/::/ は型注釈であり、 $ term :: type $ のように記述する。
なお、関数型は \verb/ a -> b / のように引数の型と返り値の型を \verb/->/で挟んで記述する。
引数が2つ以上の関数は \verb/ a -> b ->  ... -> d / のように \verb/->/を増やすことで記述する。

関数 return は任意の型aを受けとり、メタ計算と対応された型に対応させて返す。
\verb/>>=/ は中置関数であり、left operand と right operand を取る。
left operand であるメタ計算と対応された値と、right operand であるメタ計算と対応された値を返す関数を取り、メタ計算を行ないながら関数を適用する。

データ型 Delta に対応するメタ計算を Monad を用いてリスト\ref{src:delta_instance_monad}のように定義する。

\begin{table}[html]
    \lstinputlisting[label=src:delta_instance_monad, caption=Haskell におけるデータ型Deltaとメタ計算の関連付け]
        {src/delta_instance_monad.hs}
\end{table}

\begin{itemize}
    \item 関数 return

        通常の値をメタ計算と対応させるため、値をバージョン1の値とする。
        そのためにコンストラクタ Mono を用いる。

    \item 中置関数 \verb/>>=/

        メタ計算を含んだ関数の適用であるため、値と関数の同じバージョンを計算して返すものとなる。
        もしバージョン1であった場合はコンストラクタは Mono であるため、Mono が持っている値に対して関数を適用することとなる。
        もしバージョンが1で無い場合のコンストラクタは Delta であるため、先頭の値を用いて計算し、残りの値と結合することとなる。
        その際、先頭の値を取り出すために headDelta 関数を、先頭以外の値を取り出すために tailDelta 関数を用いる。
\end{itemize}

なお、中置関数 \verb/>>=/ や headDelta関数などで用いたコンストラクタによる処理の分岐はパターンマッチと呼ばれる。
Haskell ではコンストラクタごとに関数を記述することでパターンマッチを実現する。

% }}}

% {{{ Delta Monad を用いたプログラムの変更の記述例

\section{Delta Monad を用いたプログラムの変更の記述例}
\label{section:delta_example}
プログラムの変更を表現するメタ計算に対応するデータ型 Delta が記述できた。

実際に Haskell で Delta を用いたプログラムの変更例をリスト\ref{src:delta_example}に示す。

\begin{table}[html]
    \lstinputlisting[label=src:delta_example, caption=Deltaを用いたプログラムの例]
                    {src/delta_example.hs}
\end{table}

リスト\ref{src:delta_example}は1からnの間の整数に含まれる特定の数の個数を調べるプログラム numberCount である。

このプログラムは3つの関数からなり、2つのバージョンを含む。

\begin{itemize}
    \item generator

        1からnの間の整数を生成する関数である。
        nを渡すことにより1からnの間の整数のリストを返す。

    \item numberFilter

        数のリストから特定の数のみを絞り込む関数である。
        バージョン1では素数の数のみを絞り込み、バージョン2では偶数の数のみを絞り込んでいる。

    \item count

        数の個数を数える関数である。
        整数はリストで与えられるため、リストの長さが個数であるとした。
\end{itemize}

これらの関数3つをMonad の \verb/>>=/ によってメタ計算を含む関数呼び出しとして実行する。
3つの関数を実行する関数が numberCount 関数であり、この関数がプログラム本体である。
numberCount を実行すると \ref{txt:delta_example_result}のような結果が得られる。

\begin{table}[html]
    \lstinputlisting[label=txt:delta_example_result, caption=numberCountプログラムの実行結果] {src/delta_example_result.txt}
\end{table}

これはnに1000を与えた結果である。
バージョン1の時は素数の数を求めるため計算結果は168であり、バージョン2の時は偶数の数を求めるために計算結果は500となる。

3つの関数で構成されたプログラムに対して1つの変更を加えたプログラムを表現することができた。
つまり、Monad によってプログラムの変更をメタ計算として定義できたと言える。

Haskell において実装した Delta Monad はプログラムの変更を含めた計算もメタ計算としてHaskellで実行する。
これはプログラムの変更からどのような処理を導くかをメタ計算として Haskell で実行可能であることを意味する。
つまり、図\ref{fig:non_delta_example}のようにプログラムにおいてバージョンが変わるごとにバージョン間の関係が存在しない状態から、図\ref{fig:delta_example}のようにプログラムの変更を含めてプログラムを実行可能となったことを意味する。
例えば、プログラムの実行時にバージョン間の挙動の比較することで過去の挙動との差異を指摘することなどが可能となる。

\begin{figure}[htbp]
    \begin{center}
        \includegraphics[scale=0.8]{fig/non_delta_example.pdf}
        \caption{Deltaを用いない通常のプログラムの例}
        \label{fig:non_delta_example}
    \end{center}
\end{figure}

\begin{figure}[htbp]
    \begin{center}
        \includegraphics[scale=0.8]{fig/delta_example.pdf}
        \caption{Deltaを用いたプログラムの例}
        \label{fig:delta_example}
    \end{center}
\end{figure}

% }}}

% プログラムの変更に対するメタ計算の例 {{{

\section{プログラムの変更に対するメタ計算の例}
\label{section:delta_merit}
\ref{section:delta_example}節ではプログラムの変更に対して、変更前と変更後の挙動を保存した例を述べた。
\ref{section:delta_merit}節ではプログラムの変更に対するメタ計算の例を述べる。

まず最初に挙げられるものがプログラムの変更を保存するメタ計算である。
これは Delta Monad として実際に定義できた。
プログラムの変更を保存した場合、以下のような方法により信頼性の向上が見込めると考える。

\begin{itemize}

    \item 異なるバージョンを同時に実行する

        プログラムの変更列から任意のバージョン2つを取り出し、同時に実行するプログラムを構成する。
        プログラムを同時に実行することで以下のようなメリットがある。
        なお、任意の要素の組み合せは category において product として表現されるため、 product と対応があると考えている。

        \begin{itemize}
            \item 実行系とサブの実行系を実行することができる。

                例えば、あるバージョンでリリースしたプログラムがあるとする。
                変更を加え、ベータ版としてリリースしたいが動作が不安定である。
                そこで、リリースしたプログラムからベータ版への変更から、2つのプログラムが同時に動くようなプログラムを構築する。
                見掛け上は安定版として動作するが、安定版の実際の入出力を用いてベータ版をテストすることが可能となる。

            \item バージョン依存のプロトコル間で互換を持つようなプログラムが作成できる

                異なるバージョン間でプロトコルに互換が無いプログラムを考える。
                バージョン間の互換を含めてメタ計算として定義し、全てのバージョンに対して互換を持つプログラムを構築する。
                そうすることによりどのバージョンのプロトコルとも互換を持つような変換器を作成できる。

        \end{itemize}

    \item バージョン間の動作の比較

        プログラムの各バージョンにつき、挙動を示すユニークなトレースが得られるとする。
        トレースの比較をすることでバージョン間の動作を比較することができる。
        トレースの比較により以下のようなものを検出できると考えている。

        \begin{itemize}
            \item 過去のバージョンの挙動を破壊する時を検出する

                プログラムの変更の際、トレースを変えてはいけない部分が存在するとする。
                変更の際にトレースが変更したことを検出することにより、トレースが保存される変更のみを受けつけるようにする。

            \item トレースが変化していないことを確認する

                プログラムの変更にはいくつかの種類がある。
                例えば機能拡張の変更などであればトレースは変化するのが正しい。
                しかしリファクタリングではプログラムが変更されてもトレースが変わらないのが望ましい。
                トレース全体が変わらないような変更のみを受けつけることにより、リファクタリングを支援することができる。
        \end{itemize}

    \item Version Control System との対応

        全ての変更を保存し、任意のバージョンを生成可能であるようなメタ計算を考える。
        そうした時、プログラムの変更を蓄積するものは git や mercurial といった Version Control System の Repository に相当すると考えられる。
        Delta により Repository を定義することがでるのならば、 branch や merge といった Version Control System の処理に対して形式的な定義を与えることができる。
        また、 category における colimit と対応があると考えている。

    \item 変更単位を用いた処理

        変更を適用する際に、特定の処理を実行することもできる。
        例えばプログラムの変更単位に対してテストを行なうことで、変更に応じてテストの結果の変動が確認できる。
        プログラム全体に対応するテストを定義し、変更の際にテストが通る変更のみ受け付けるようにすることでテストベースの信頼性を確保できる。
\end{itemize}

他にもプログラムの変更そのものを処理するプログラムを定義することもできる。
この機構を言語処理系に組込むことにより、プログラムの変更方法も言語の仕様に含めることができる。
例えば、プログラムの変更は許可されたオペレーション内で行なうといった制約を含めることが可能となる。
さらにユーザによりプログラムの変更に対するメタ計算を自由に定義できるような言語処理系を作るとする。
その処理系ではこれまでに挙げた全てのメタ計算の例から使いたい機能を選んだり自分で追加することが可能となる。

このように、プログラムの変更を形式化することで多くのメタ計算が扱えるようになる。
さらに、メタ計算の内容によっては信頼性の向上に用いたり変更も含めた上でプログラムを作成することが可能になる。

% }}}