title: CbCによるPerl6処理系 author: 清水隆博 profile: 並列信頼研 lang: Japanese code-engine: coderay ## 研究目的 - Continuation based C (CbC)という言語は継続を基本とするC言語であり, 言語処理系に応用出来ると考えられる - スクリプト言語などは, バイトコードを扱うが, この実行にcae文や, ラベルgotoなどを利用している。 - この部分はCbCの機能で書き換える事が可能である - 命令実行処理部分をモジュール化することで、各命令ごとの最適化や、 命令ディスパッチ部分の最適化を行う事が可能であると考える。 ## 研究目的 - 現在開発されているPerl6の実装にRakudoがある - Rakudoはバイトコードを生成する - このバイトコードはMoarVMという専用の仮想機械が評価する - MoarVMはC言語で記述されている為、 Cと互換性のある言語であるCbCで書き直す事が可能である - 本研究では, CbC用いてPerl6にC処理系であるMoarVMの一部書き換えを行い, 命令のモジュール化を検討する. ## Continuation Based C (CbC) - Continuation Based C (CbC) はCodeGearを単位として用いたプログラミング言語である. - CodeGearはCの通常の関数呼び出しとは異なり,スタックに値を積まず, 次のCodeGearにgoto文によって遷移する. - CodeGear同士の移動は、 状態遷移として捉える事が出来る ## Continuation Based C (CbC) - CodeGearはCの関数宣言の型名の代わりに`__code`と書く事で宣言出来る - CodeGearの引数は, 各CodeGearの入出力として利用する - gotoしてしまうと、元のCodeGearに戻る事が出来ない ``` __code cg1(TEST testin){ TEST testout; testout.number = testin.number + 1; testout.string = "Hello"; goto cg2(testout); } __code cg2(TEST testin){ printf("number = %d\t string= %s\n",testin.number,testin.string); } int main(){ TEST test = {0,0}; goto cg1(test); } ``` ## スクリプト言語処理系 - スクリプト言語は入力として与えられたソースコードを、 直接評価せずにバイトコードにコンパイルする形式が主流となっている - その為スクリプト言語の実装は大きく2つで構成されている - バイトコードに変換するフロントエンド部分 - バイトコードを解釈する仮想機械 ## Rakudo - Rakudoとは現在のPerl6の主力な実装である. - Rakudoは次の構成になっている - 実行環境のVM (MoarVM) - Perl6のサブセットであるNQP(NotQuitPerl) - NQPで記述されたPerl6(Rakudo) ## MoarVM - Perl6専用のVMであり, Cで記述されている - レジスタマシンとして実装されている. ## MoarVMのバイトコード - MoarVMは16ビットのバイナリを命令バイトコードとして利用している - 命令にはその後に16ビットごとにオペランド(引数)を取るものがある ``` add_i loc_3_int, loc_0_int, loc_1_int set loc_2_obj, loc_3_obj ``` ## MoarVMのバイトコード - 次の様なNQPのソースコードをバイトコードに変換した際の対応を見る ``` sub test_func(int $left, int $right){ my int $sum := $left + $right; ++$sum; return $sum; } my $arg1 := 1; my $arg2 := 8; say(test_func($arg1,$arg2)); ``` ## MoarVMのバイトコード ## MoarVMのバイトコードインタプリタ - バイトコードは連続したメモリに確保されている - その為次の処理を繰り返す必要がある - 16ビットごとで読み込み - 読み込んだビットから、命令に対応する処理を呼び出し - その処理を実行する - この処理をバイトコードディスパッチと呼び、 実行する部分をバイトコードインタプリタと呼ぶ ## MVM_interp_runの内部処理 - MoarVMは関数 `MVM_interp_run` でバイトコードに応じた処理を実行する - gccやclangを利用してコンパイルした場合、 ラベルgotoで命令ディスパッチが実行される ## MoarVMのバイトコードインタプリタ - マクロDISPATCHで, ラベルgotoかcase文に変換が行われる - バイトコードは数値として見る事が出来る為、 case文に対応する事が出来る - この中の `OP` で宣言されたブロックがそれぞれバイトコードに対応する処理となっている. ``` DISPATCH(NEXT_OP) { OP(const_i64): GET_REG(cur_op, 0).i64 = MVM_BC_get_I64(cur_op, 2); cur_op += 10; goto NEXT; } ``` ## MVM_interp_runで使用されているマクロ ``` DISPATCH(NEXT_OP) { OP(const_i64): ``` - マクロ `OP` は次の様に定義している ``` #define OP(name) OP_ ## name ``` - マクロ `OP` が, バイトコードの名前をC言語のラベルに変換する ``` OP_const_i16: ``` ``` #OP_const_i16 ``` ## MVM_interp_runで使用されているマクロ ``` OP(const_i64): GET_REG(cur_op, 0).i64 = MVM_BC_get_I64(cur_op, 2); cur_op += 10; goto NEXT; ``` - `cur_op`は次のバイトコード列が登録されており, マクロ `NEXT` で決められた方法で次のバイトコードに対応した処理に遷移する. ## MVM_interp_runで使用されているマクロ ``` OP(const_i64): GET_REG(cur_op, 0).i64 = MVM_BC_get_I64(cur_op, 2); cur_op += 10; goto NEXT; ``` - 次の命令に移動する `NEXT`はラベルテーブルにアクセスし, ラベルを取り出す - 取り出したNEXTはラベルなので、 ラベルgotoの拡張が実装されている場合はgoto文でジャンプ出来る - 次の命令に対応する数値は, `NEXT_OP` というマクロで取り出す ``` #define NEXT_OP (op = *(MVMuint16 *)(cur_op), cur_op += 2, op) #define NEXT *LABELS[NEXT_OP] ``` ## MVM_interp_runのラベルテーブル - 利用するCコンパイラが、ラベルgotoをサポートしている場合に実行される - 配列`LABELS`にアクセスし, ラベル情報を取得する - ラベル情報を取得出来ると、 そのラベルに対してラベルgotoを利用する ``` static const void * const LABELS[] = { &&OP_no_op, &&OP_const_i8, &&OP_const_i16, &&OP_const_i32, &&OP_const_i64, &&OP_const_n32, &&OP_const_n64, &&OP_const_s, &&OP_set, &&OP_extend_u8, &&OP_extend_u16, &&OP_extend_u32, &&OP_extend_i8, &&OP_extend_i16, ``` ## MVM_interp_run - Cの実装の場合, switch文に展開される可能性がある - 命令ディスパッチが書かれているCソースファイルの指定の場所にのみ処理を記述せざるを得ない - 1ファイルあたりの記述量が膨大になり, 命令のモジュール化ができない - 高速化手法の、 Threaded Codeの実装を考えた場合, この命令に対応して大幅に処理系の実装を変更する必要がある. - デバッグ時には今どの命令を実行しているか, ラベルテーブルを利用して参照せざるを得ず, 手間がかかる. ## CbCでの変換 - CbCのCodeGearは関数よりも小さな単位である - その為、 従来は関数化出来なかった単位をCodeGearに変換する事が出来る - CbCをMoarVMに適応すると, ラベルなどで制御していた命令に対応する処理をCodeGearで記述する事が可能である ## CbCMoarVMのバイトコードディスパッチ - オリジナルでは, マクロ `NEXT` が担当していた、 次のバイトコードへの移動は, NEXT相当のCodeGear `cbc_next`で処理を行う - CodeGearの入出力として, MoarVMなどの情報をまとめた構造体を利用する ``` __code cbc_next(INTERP i){ __code (*c)(INTERP) c = CODES[(i->op = *(MVMuint16 *)(i->cur_op), i->cur_op += 2, i->op)]; // c = NEXT(i) goto c(i); } __code cbc_const_i64(INTERP i){ GET_REG(i->cur_op, 0,i).i64 = MVM_BC_get_I64(i->cur_op, 2); i->cur_op += 10; goto cbc_next(i); } ``` ## CodeGearの入出力インターフェイス - MoarVMではレジスタの集合や命令列などをMVM_interp_runのローカル変数として利用し, 各命令実行箇所で参照している - CodeGearに書き換えた場合, このローカル変数にはアクセスする事が不可能となる. ## CodeGearの入出力インターフェイス - 入出力としてMoarVMの情報をまとめた構造体interpのポインタであるINTERPを受け渡し, これを利用してアクセスする ``` typedef struct interp { MVMuint16 op; MVMuint8 *cur_op; MVMuint8 *bytecode_start; MVMRegister *reg_base; /* Points to the current compilation unit . */ MVMCompUnit *cu; /* The current call site we’re constructing. */ MVMCallsite *cur_callsite; MVMThreadContext *tc; } INTER,*INTERP; ``` ## CbCMoarVMのCodeGearテーブル - CodeGearテーブルは引数としてINTERを受け取るCodeGearの配列として定義する - テーブルとして宣言することで、 バイトコードの値をそのままテーブルに反映させる事が可能である ``` __code (* CODES[])(INTERP) = { cbc_no_op, cbc_const_i8, cbc_const_i16, cbc_const_i32, cbc_const_i64, cbc_const_n32, cbc_const_n64, cbc_const_s, cbc_set, cbc_extend_u8, cbc_extend_u16, ``` ## CbCMoarVMの状態遷移 ## MoarVMとCbCMoarVMのトレース - MoarVMのデバッグ時には、 次の命令が何であるかは直接は判断出来なかった ``` Breakpoint 1, dummy () at src/core/interp.c:46 46 } #1 0x00007ffff75689da in MVM_interp_run (tc=0x604a20, initial_invoke=0x7ffff76c7168 , invoke_data=0x67ff10) at src/core/interp.c:1169 1169 goto NEXT; $2 = 162 ``` - CbCMoarVMの場合は、 次に実行する命令名を確認する事が出来る ``` Breakpoint 2, cbc_next (i=0x7fffffffdc30) at src/core/cbc-interp.cbc:61 61 goto NEXT(i); $1 = (void (*)(INTERP)) 0x7ffff7566f53 $2 = 162 ``` ## MoarVMのデバッグ - cur_opのみをPerlスクリプトなどを用いて抜き出し, 並列にログを取得したオリジナルと差分を図る - この際に差異が発生したバイトコードを確認し, その前の状態で確認していく ``` 25 : 25 : cbc_unless_i 247 : 247 : cbc_null 54 : 54 : cbc_return_o 140 : 140 : cbc_checkarity 558 : 558 : cbc_paramnamesused 159 : 159 : cbc_getcode 391 : 391 : cbc_decont 127 : 127 : cbc_prepargs *139 : 162 cbc_invoke_o:cbc_takeclosure ``` ## 現在のCbCMoarVM - 現在はNQP, Rakudoのセルフビルドが達成でき, オリジナルと同等のテスト達成率を持っている - その為、 NQP, Rakudoの実行コマンドであるnqp perl6が起動する様になった ## 現在のCbCMoarVM - moarの起動時のオプションとして `--cbc` を与えることによりCbCかオリジナルを選択可能である - `--cbc` オプションをmoarの起動時に設定することでCbCで書き換えたインタプリタが起動する ``` #!/bin/sh exec /mnt/dalmore-home/one/src/Perl6/Optimize/llvm/build_perl6/bin/moar --cbc \ --libpath=/mnt/dalmore-home/one/src/Perl6/Optimize/llvm/build_perl6/share/nqp/lib \ /mnt/dalmore-home/one/src/Perl6/Optimize/llvm/build_perl6/share/nqp/lib/nqp.moarvm "$@" ``` ## CbCMoarVMと通常のMoarVMの比較 - CbCMoarVMと通常のMoarVMの速度比較を行った - NQPで実装した2種類の例題を用いた - 単純なループで数値をインクリメントする例題 - 再帰呼び出しを用いてフィボナッチ数列を求める例題 ## フィボナッチの例題 ``` #! nqp sub fib($n) { $n < 2 ?? $n !! fib($n-1) + fib($n - 2); } my $N := 30; my $z := fib($N); say("fib($N) = " ~ fib($N)); ``` ## フィボナッチの例題 - フィボナッチの例題ではCbCMoarVMが劣る結果となった
[単位 sec]
MoarVM 1.379 1.350 1.346
CbCMoarVM 1.636 1.804 1.787
## 単純ループ ``` #! nqp my $count := 100_000_000; my $i := 0; while ++$i <= $count { } ``` ## 単純ループ - 単純ループの場合は1.5secほど高速化した - これは実行する命令コードが、 CPUのキャッシュに収まった為であると考えられる
[単位 sec]
MoarVM 7.499 7.844 7.822
CbCMoarVM 6.135 6.362 6.074
## CbCMoarVMの利点 - バイトコードインタプリタの箇所をモジュール化する事が可能となった - CodeGearの再利用性や記述生が高まる - CodeGearは関数の様に扱える為、 命令ディスパッチの最適化につながる実装が可能となった - デバッグ時にラベルではなくCodeGearにbreakpointを設定可能となった - デバッグが安易となる - CPUがキャッシュに収まる範囲の命令の場合、 通常のMoarVMよりも高速に動作する ## CbCMoarVMの欠点 - MoarVMのオリジナルの更新頻度が高い為, 追従していく必要がある - CodeGear側からCに戻る際に手順が複雑となる - CodeGearを単位として用いる事で複雑なプログラミングが要求される. ## まとめ - 継続と基本としたC言語 Continuation Based Cを用いてPerl6の処理系の一部を書き直した - CodeGearによって, 本来はモジュール化出来ない箇所をモジュール化が可能となった - デバッグが通常のディスパッチと比較して安易になった - CPUキャッシュに収まるループなどの命令の場合は、 通常のMoarVMよりも高速に動作する - 今後はCodeGearの特性を活用し、 直接次の命令を実行する処理を実装する